受賞者紹介

第50回受賞者一覧
(敬称略)
人命救助の功績
  • 海難・水難、交通事故、遭難等に際し、身命の危険を冒して救助・救援に尽くされた功績
  • 犯罪等の発生に際し、身命の危険を冒してその解決に協力された功績
  • 災害・事故・犯罪の発生を未然に防いだ功績
川﨑 大輔(佐賀県)
川﨑 大輔
2016年7月3日、佐賀県佐賀市の「道の駅そよかぜ館」に隣接するBBQ会場に来ていた川﨑さんは、付近を流れる嘉瀬川で子ども2人を抱え、沈みかけている女性を目撃し救助に向かった。川の流れは急で、水嵩は2メートルほどあり、足が着く状態ではなかった。川﨑さんは3人を抱きかかえたまま20メートル近く流され、ようやく足が川底へ着き、水の流れに逆らいながら立ち続けた。河原で様子を見ていた人が持ってきたコードを手繰り寄せ、無事に3人を救助した。川﨑さんは25歳まで10年間活躍した元力士「成剛」。  >>詳細
茨城県立日立商業高等学校
2017年1月17日午前10時35分頃、茨城県立日立商業高等学校敷地に隣接する、JR東日本が管理する線路の脇法面で、枯れ草約290㎡が燃える火災が発生した。付近にいた同校の教諭が火災に気付き、生徒と共に体育館に設置されている消火栓ホースを伸ばし放水した。また校内の消火器を集めたり、バケツリレーをして初期消火に貢献し、校舎や周囲への延焼拡大を防いだ。 >>詳細
推薦者/日立市長 小川 春樹
故 佐々木 淳(千葉県)
故 佐々木 淳
2016年6月11日午後4時頃、千葉県市川市東浜で溺れていた男性を救助しようと海に入り泳いで向かった。一緒に救助に向かった人が男性を引っ張って岸壁に向かい、佐々木さんも戻ろうとしたが、波の勢いに押され戻ることができず海中に沈み、命を落とされた。佐々木さんは、密漁を防ぐための巡回監視を同僚と行っていた。事故現場は前年にも2名が死亡する水難事故が発生した場所。  >>詳細
推薦者/公益財団法人 警察協会
辻 慶太(高知県)
辻 慶太
2016年10月11日午前10時40分頃、高知県高岡郡の上ノ加江港の防波堤で釣りをしている最中、数メートル離れたところで釣りをしていた男性が約2メートル下の海中に転落しているのに気付き、飛び込んで救助した。一人で引き上げることが出来ず、大声で救助を求め、他の釣り人の手助けによって引き上げられた。救助された男性は消波ブロックで頭を強打し意識を失って海中に沈んでいたため、辻さんが気付かなければ命は危ない状況だった。  >>詳細
推薦者/公益財団法人 警察協会
櫻田 洋(東京都)
櫻田 洋
2017年2月6日午前0時20分頃、東急東横線多摩川駅で終電を逃すまいとしていた櫻田さんは、エスカレーターに乗りホームに差し掛かったときに女性の叫び声を聞いた。何事かと声の方向をみると、男性がホームから線路に落ちる瞬間だった。「ああもう電車が来てしまう!」と櫻田さんが救助に向かおうとすると、叫び声をあげたらしき女性から「待って!非常停止ボタン押すから!」と声がかかった。それでも間に合わないと思った櫻田さんは咄嗟に線路に飛び降り、正体無く横たわる男性の体を抱えて回転させ、ホーム下のスペースに何とか移動させた。列車の警笛が鳴り、ライトが光ったので身を縮めていると、ホーム上から「もう大丈夫ですよ」と声が掛かった。櫻田さんは安堵し、「大丈夫ですか?」と男性に声をかけたが、男性は何が起こっていたか理解していない様子だった。列車は数メートル手前で停止していた。 >>詳細
推薦者/公益財団法人 警察協会
田上 雅喜(熊本県)
清水 虹平(熊本県)
松浦 宏太(熊本県)
弓田 和久(熊本県)
田上 雅喜、清水 虹平、松浦 宏太、弓田 和久
2016年6月29日、熊本県熊本市西区のJR熊本駅で、ホームから線路上に転落して苦しんでいる女性を発見し、数分後に列車が入線してくる状況にも関わらず、田上さんと清水さんがホームに降りて女性を持ち上げ、松浦さんと弓田さんがホーム上で引き上げた。女性は点字ブロックに足を取られて転落した際、第3腰椎を骨折しており、約2か月の重傷だった。  >>詳細
推薦者/公益財団法人 警察協会
石黒 優子(静岡県)
石黒 優子、クルス・アイリッシ・リコ、カスピリョ・マリセル・カバキット
2017年2月28日、静岡県伊豆多賀駅(無人駅)で、石黒さんら3人は、線路に落ちたとみられる男性がホームに手を掛け、頭を覗かせている光景を目にした。3人でホームに男性を引き上げようと試みたが、男性は泥酔していて力を入れることが出来ず、女性の力で引き上げるのは難しかった。数分後には列車が来る状況になったがどうにか引っ張り上げることが出来た。3人は警察の到着まで泥酔して先の行動が読めない男性を取り囲んで待った。  >>詳細
加藤 宙(神奈川県)
加藤 宙
2016年1月6日の午後5時15分頃、神奈川県横浜市緑区の鶴見川で男児2名が対岸近くで溺れているのを目撃した。加藤さんは服を脱いで30メートル程泳ぎ、パニックになった男児に近づいて落ち着くように言い聞かせながら救助した。対岸はヘドロで滑り、なかなか岸に上げられなかったが、男児ひとりを自分の肩に載せて浮き上がらせ、岸にいた別の男児に引き上げさせた。もう一人も同じ要領で引き上げさせたが、加藤さん自身は自力で上がるのが難しく、もう一度対岸に泳いで岸に上がった。  >>詳細
中野 大輔(岩手県)
大芦 正人(岩手県)
中野 大輔、大芦 正人
2016年8月30日20時30分頃、台風10号の大雨により岩手県久慈市内近くを流れる長内川と久慈川にかかる橋に流木がかかり、流れがせき止められ川が氾濫し市内に浸水、久慈駅前も2メートル近くの水位になった。中野氏と大芦氏は泳いで避難する途中、2階部分に上がろうとしたアパートの1階の部屋で逃げ遅れた60代の男性を発見、二人でその男性を引っ張りだして救助した。  >>詳細
小畑 省一(岩手県)
小路 義秋(岩手県)
小畑 省一、小路 義秋
2016年8月30日20時頃、台風10号の大雨により、岩手県久慈市大川目町滝集落の近くを流れる長内川の氾濫と停電により民家が孤立する中で、小畑氏と小路氏は、濁流・流木の中を胸まで浸かりながら一人暮らしの高齢者宅を回り、状況に応じてロープやはしごを使ったり、背負うなどをして3人を救出するとともに3人を避難誘導し、救出した。 >>詳細
馬場 秀樹(大阪府)
柳瀬 一成(大阪府)
杉本 匡史(大阪府)
馬場 秀樹、柳瀬 一成、杉本 匡史
2016年11月2日午後5時20分頃、大阪市JR天王寺駅構内を帰宅中の馬場氏と柳瀬氏はJR天王寺改札方向へ、杉本氏は地下鉄方向へ向かっていたところ、男が金属バットを振り回し、女児と女性に危害を加えている現場に遭遇し、馬場氏が咄嗟に容疑者に飛びかかり、柳瀬氏と杉本氏も続いて飛びかかり、協力して容疑者の男を取り押さえた。  >>詳細
社会貢献の功績
  • 精神的・肉体的に著しい苦労、危険、劣悪な状況に耐え、他に尽くされた功績
  • 困難な状況の中で黙々と努力し、社会と人間の安寧・幸福のために尽くされた功績
  • 先駆性、独自性、模範性などを備えた活動により、社会に尽くされた功績
  • 海の安全や環境保全、山や川などの自然環境や絶滅危惧種などの希少動物の保護に尽くされた功績
  • 補足:社会貢献の功績は、日本国内での日本人並びに外国籍の方、海外での日本人による活動など、広い活動を対象とします。
特定非営利活動法人 アジア眼科医療協力会
1972年からネパールを中心としてアジアの貧しい地域で眼科医療の活動を行っているNPO法人。医師が現地に赴き仮設の医療現場等で目の手術を行うアイキャンプの実施、人材育成、新しい医療技術と医療機器の導入、眼科病院の運営・支援を行っている。故黒住医師によって始められた。兵庫県西宮市に拠点を置く。これまでにネパールとインドで1万人以上の人が光を取り戻した。  >>詳細
村井 俊治(東京都)
村井 俊治
地球観測衛星からの情報をもとにしたリモートセンシングが専門。東京大学名誉教授。日本への木材輸出と焼き畑農業でタイの熱帯林が激減しているのを衛星画像から知り衝撃を受けた。交流のあったタイ王室のシリントーン王女も熱帯林激減を憂いており、王女自らかかわっているプリンセスプロジェクトの一環として「リグリーンムーブメントRGM」を1991年に認められた。 土地に昔からある樹木の種を採取して苗を育て、数種類の苗を混載する生態学的アプローチで環境保全林を育成するための植林をしている。当初個人からの寄付で賄った。毎年雨季の始まる6月初旬に日本人ボランティアと植栽地の村民や小中学生、国境警備隊員など平均500人で植林している。今年で27年目。最初のころ植えた地域はすでに熱帯林になっていて、人工衛星から緑が確認できる。  >>詳細
特定非営利活動法人 ふじみの国際交流センター
埼玉県ふじみ野市に拠点を置き、日本に住んでいる外国人の「自立支援と多文化共生」を目的とした交流の場として1997年に発足したNPO法人。理事長の石井ナナヱ氏が開いていた外国人向けの日本語教室の生徒たちが、石井さんを慕って教室外でも電話をかけてきたり、相談事を持ちかけて来ることが多く「どこかに場所を作って対応したい」と思ったことが始まりとなった。今では日本人ボランティアスタッフ約40人、外国人スタッフ約30人がおり、外国人の生活相談、数か国語で書かれた生活情報誌の発行配布、日本語教室、外国にルーツを持つ子どもの学習教室、DV被害者母子のシェルター運営と自立支援、パソコン教室、通訳・翻訳事業、国際交流イベントの開催などを行っている。発足から21年目を迎え、かつて支援を受けていた外国人が支援する側となってボランティアに来るなど、成果の見える活動を継続している。  >>詳細
推薦者/埼玉県県民生活部国際課
うぇるかむはうす
1998年北海道札幌市のカトリック札幌司教区に開設された、道内に在住する外国籍の人々への支援施設。開設当初から日本語教室の開催や多文化を背景に持つ「ダブル」の子どもたちの学習支援を行っている。各国の料理や食文化を通した交流会の開催や各国の祝日にちなんだイベント交流会をも行うほか、外国人が直面する医療、仕事、人権、家庭問題などの相談窓口となっている。  >>詳細
推薦者/イースタービレッジ・ミンダナオを支える会
学校法人 カンティーニョ学園 虹の架け橋教室
愛知県豊橋市のブラジル人学校「カンティーニョ学園」が学校運営と共に行っている事業が「虹の架け橋教室」で、日本に定住しながらも、日本の学校になじめず不登校になってしまったり、経済的な理由等で不就学となってしまった外国籍児童に日本語教育を行い公立の学校へ転入させている。日本語のわからない外国人の子どもの公立学校転入に深刻な問題が発生し、2009年に文科省の予算で虹の架け橋教室事業(定住外国人の子どもの就学支援事業)が全国各地で始まったが、2015年にこの事業の運営が地方自治体に委ねられてから、多くの団体が自治体の支援を受けられずに事業継続を断念した。しかし豊橋市では事業の継続を決め、これまでに約400名の生徒が在籍し、約300名が公立の学校へ転入、外国人学校への復帰など、何らかの形で学びの場へ戻っている。  >>詳細
推薦者/笹原 留似子
青木 義道(滋賀県)
青木 義道
滋賀県湖南市立日枝中学校英語教諭。学生時代にブラジルへの留学経験があり、ポルトガル語やスペイン語が話せることから、外国人の割合が4%と高い同市で、教室での授業についていけない外国籍生徒に別室での日本語指導や支援を行っている。また、日本の学校システムに不慣れな外国籍の保護者からの問い合わせを引き受けるほか、家庭訪問や三者懇談会には通訳として担任に同行し、支援を行っている。学校からの配布書類を翻訳してもなかなか読んでもらえないことからImportante!(重要!)というスタンプを考案し、書類に押したところ、抜群の効果を発揮し、全国の研修会で披露したところ「ほしい」という声があがり、全国販売されることになった。この取組を知ったブラジルの国民的漫画家マウリシオ・デ・ソウザ氏が感動し、日本に住む外国籍の子どもたちを支援するための「モニカスタンプ」の取組へと発展することとなった。また、地域の人々との国際交流を目的として、成長した教え子たちとともに、ボランティアグループ「カリーニョ」を結成し、ポルトガル語講座やスペイン語講座をはじめとする様々な活動を行っている。  >>詳細
推薦者/大澤 重人
社会福祉法人 一粒会 母子生活支援施設 FAHこすもす
アジアから来た女性(労働者としてブローカーに来させられた)とその子供(日本人男性との子供)が、男性の暴力や置き去りなどのため行き場がなく困窮している母子のためのシェルター(駆け込み寺)として花崎みさを氏が1991年4月に開設した。その後、1995年認可を受けて母子寮となって公的支援を受けられるようになり、1998年に現在の母子生活支援施設FAHこすもすとなった。入所してきた母子達は、自立ができるように日本語の習得、日本で暮らすためのルールやマナー、日本の学校教育システムの説明等、教室を開いて教えている。また、法的手続きなどのサポート、専門家のカウンセリング等もあり、母子たちの自立支援を続けている。  >>詳細
推薦者/中島 健一郎
広瀬 紀子(愛知県/ベトナム)
広瀬 紀子
1996年、大学を卒業した年から口唇口蓋裂治療の医療援助活動に参加し、ベトナムのベンチェ省グエンデンチュー病院で口唇裂の子どもの無料手術を行い、17年間で約2,000名の子どもの治療に携わるとともに現地の医療者に技術の移転活動を行った。現地では農業支援も必要とのことから、農業に従事するベトナム人の育成や干ばつ時の生活、農業用水用タンクを寄贈するなどベンチェ省での医療と農業の支援活動や人的交流を続けている。  >>詳細
推薦者/香月 武志
社会福祉法人 日本介助犬協会
「介助犬」の育成と普及活動などを1995年(前身は任意団体「介助犬協会」)から行っている。「介助犬」とは四肢に障がいを持つ人(ユーザー)のニーズをサポートし、ユーザーが自立や社会参加できるようにユーザーと共に訓練を受け、厚生労働大臣指定法人の認定を受けた補助犬の内の1種のこと。2017年12月現在全国で68頭が実働しており、うち約20頭の育成を同協会が行ってきた。2002年5月に身体障害者補助犬法が制定され、補助犬(介助犬、聴導犬、盲導犬)は公共機関や商業施設、飲食店などの利用が可能になったが、認知度の低さ故、未だ介助犬を伴った利用を断られるケースが後を絶たず、これを解決しようと同協会では介助犬について正しく知ってもらうためのPR活動にも力を注いでおり、企業や店舗などへ介助犬受け入れセミナーの開催や補助犬同伴可ステッカー貼付の呼びかけ、街頭での募金活動などの啓蒙に努めている。  >>詳細
Kyawt Kyawt Khine(チョ・チョ・カイ)(沖縄県/ミャンマー)
チョ・チョ・カイ
ヤンゴン大学を卒業後、地元で公立小学校の教員として10年勤め、2005年国費留学生として東北大学と宮城教育大学で教育法を学び、2011年には琉球大学大学院を卒業した。その後沖縄の幼稚園で英語を教える中、幼稚園では人として必要な社会性や道徳教育等が行われていることに着目し、ミャンマーとの違いを感じた。一方、母国では貧しさから学校に通えない多くの子供達の存在に胸を痛めていたこともあり、ヤンゴンから1時間30分程の所に、基本的な人間教育をする私立の幼稚園を2013年に開園し、翌年には政府の認可を受けて、私立小学校を設立した。ここには、村長の協力により、貧しい子供が優先的に通っている。その教育内容は、自身が日本で学んだ事を反映させた、“自分の頭で考える”という教育方針で、ミャンマーの仏教が基本の暗記方式とは異なる。6月に新学期を迎えるが、現在96名の生徒が通い、授業料は無料で、教師8名の給与を含めた学校の運営費用は、ほとんどはチョチョカイさんが負担している。 授業は、ミャンマーの公立学校のカリキュラムに加えて、美術や音楽、体育、英会話、他にも農業や仏教を学んでいて、日本の学校のように、週3回の給食も提供している。幼稚園で行儀や道徳をしっかり学んだ子供達が、そのまま小学校に進学するが、その評判を聞きつけて、近隣の富裕層の子供の入学希望も殺到している。子供達は、これまで教育を受ける機会に恵まれなかった、自分の親に、歯磨きやごみ捨てのルール、学んだことを家庭で伝えている。  >>詳細
推薦者/NPO法人 珊瑚舎スコーレ
渋谷 りつ子(インド)
渋谷 りつ子
ピアニストを志してウィーンの音楽大学を卒業後、日本へ帰国途中に観光のため1992年にインドのカルカッタ(コルカタ)に立ち寄り、何げなくマザーテレサの家の重症心身障害児施設「ダヤダン・メディカル・センター」を訪れて以来、障害児の養育と訓練(リハビリ)の無償のボランティア活動に明け暮れている。施設は、貧しさから親が育てられず、見捨てられた自分の身の回りの事もできない重度の子どもが多く、過酷な状況に身を置くうちに自分の役割は音楽ではなく、この子どもたちを助けることではないかとの思いから、生活費を全額自費で負担しながら活動を続けている。  >>詳細
推薦者/渋谷りつ子さんを支える会
特定非営利活動法人 ANT-Hiroshima
広島を訪れる留学生へのボランティアグループを前身として1989年に設立。
その後、パキスタンのアフガン難民キャンプへの医療支援に取り組んだことをきっかけに、活動領域や人的ネットワークが広島から世界へ広がり、現在の団体名に改称、その後NPO法人となる。「一人ひとりの力はアリのように小さくても、世界各国の人々や団体・諸機関等と協働することで、平和構築を実現できる」と信じ、被爆地・広島を拠点に、国際協力・平和教育活動・平和文化交流などを行っている。
中でも、広島で被爆し、白血病を発症しながら希望を捨てずに千羽鶴を折り続け、12歳の生涯を閉じた佐々木禎子さんを描いた絵本、「おりづるの旅」の多言語への翻訳と世界各国へ届ける活動は、ANT-Hiroshimaを象徴するプロジェクトとなっている。そのきっかけとなったのは、2004年に来日し、広島を訪れたアフガニスタンの少女だった。紛争で片足を失った少女を、ANTが広島の平和記念公園にある「原爆の子の像」に案内し、絵本「おりづるの旅」を読み聞かせた際、彼女が深い感銘を受け、自国の子どもたちにぜひ読ませたいと願ったことが、その後の翻訳活動へとつながった。現在までに翻訳されたのは24言語、これまでに66力国へ2600冊を届けてきた。
その他、フィリピン、アフガニスタン、ネパールなど、被災した国や紛争地域への国際協力プロジエクトも多数手がけている。すべての活動のエネルギー源は「破壊から再生へ、絶望を希望に変えてきたヒロシマの力」だ。  >>詳細
推薦者/特定非営利活動法人 食べて語ろう会
特定非営利活動法人 アジアの障害者活動を支援する会(ADDP)
会長前島富子さんを中心に1992年に発足し、主にラオスのビエンチャンで障がい者のスポーツ振興と就労支援を行っている。特に力を注いで支援している「車椅子バスケットボール」はサークルのような遊びから始まったが、次第に本格的なチームへ成長を遂げて、今では4つのローカルチームが誕生し、アジアの強豪に数えられるまでになった。ADDPの働きかけで、日本政府の支援で障がい者用体育館が建設され、他にも多くの障がい者スポーツが盛んになった。就労支援として、クッキー作りを学ぶ「ベーカリー研修」を行っていて、作り方を学び、販売も研修生が行う。TOYOTAラオスが販促用に購入してくれたことを皮切りに今では50社以上の取引先がある。また、ろう者への職業訓練が無いに等しかったので、美容院を経営してそこで美容研修を行うことにした。定期的に日本から講師を招き、日本流のおもてなしを学んでもらう。すでに独立開業している研修生もいる。ADDPの活動が縁となり、ラオスと日本の国交樹立60周年を記念した桜の植樹が北部フアパン県で2015年に行われている。現地の障がい者が京都から訪れた植木職人の指導を受け、桜守として桜を育てている。  >>詳細
推薦者/社会福祉法人 太陽の家
シスター 白幡 和子(シエラレオネ)
シスター 吉田 富美子(シエラレオネ)
シスター白幡 和子、シスター吉田 富美子
シスター白幡は1974年にシエラレオネ西部のルンサに派遣され、幼稚園や小学校で少ない教材や習慣の違いに苦労しながらも、家庭訪問を日課として合計32年間主に女子の教育に従事した。シスター吉田はナイジェリアやインドネシアなどで建築関係のプロジェクトに従事し、若者へ技術習得や就労支援などを行った。2012年にシエラレオネに派遣され、翌年に発生したエボラ出血熱の流行時には危険を顧みず村の子どもたちに食料の配布などを行った。  >>詳細
推薦者/海外邦人宣教者活動援助後援会
冨田 江里子(フィリピン)
冨田 江里子
1997年に、日本の小さなNGO(IKGS@兵庫県山南町)の植林事業の現地コーディネーターとして活動する夫の冨田一也氏に合流して以来、20年にわたって西ルソン・サンバレス州・スービック町で暮らしている。地域の最貧困層の女性たちのための助産院(セント・バルナバ・クリニック)を運営している。2017年6月現在までに、4,500件の出産と産後訪問ケア、6万人を超える貧困層のあらゆる病人のケア、先天性心臓奇形児などの手術費用支援などを行ってきた。  >>詳細
推薦者/清水 展
山勢 拓弥(カンボジア)
山勢 拓弥
2013年にカンボジアのシェムリアップに日本語学校を設立し、無料で日本語を教えている。きっかけは、同国にボランティアで訪れた際、偶然訪れたゴミ集積所で危険を冒して働いている子どもたちが「観光ガイド」「医者」「ゴミ拾い」以外の職業を知らないことに衝撃を受けたこと。英語と日本語が出来れば子どもたちにとって憧れの職業「観光ガイド」になれる可能性が高くなると考えたから。現在15名の子どもたちが学び日本語検定3級に合格し、専門学校へ進んで観光ガイドや日本企業への就職を目指すほどの成果を上げている。また、子どもたちの親が安定した収入えられるように、バナナの木の繊維から紙を作ることを思いつき、世界初の水にぬれても破れない「バナナペーパー」を製造。バナナペーパーを使った商品を製作販売し、8人のスタッフを雇って比較的安定した収入を得ることが出来ている。  >>詳細
推薦者/喜多 悦子
NPO法人 沖縄県自立生活センター・イルカ
日本国内に130カ所あり、障がい者が自ら運営し、障がい者に介助者サービスを提供する自立生活センターは、1972年にアメリカカリフォルニア州で設立された団体。沖縄県内にも4団体あり、その中心的役割を担っているのが、1999年に設立されたNPO法人沖縄県自立生活センター・イルカ。
代表の長位さんも、事務局長の宮城さんも障がい者で車いすでの生活をしているが、実際の障がい者でないと、障がい者本人からの相談や、的確なアドバイスなどはできないため、団体の意思決定機関の責任者は障がい者で、構成員も半分以上は障がい者と定義されている。インクルーシブ社会実現に向けた事業の内容は①自立生活プログラム事業:自立生活を望む重度障がい者に対し、地域での一人暮らし生活を実現させるため様々な体験を行っている。②ピア・カウンセリング:悩みやトラウマを抱えている自立生活の実践者と話し合い、励ましながら力強い決定と理性的な選択ができる事を目指す。③相談支援事業:障がい児が地域生活を実現するために必要な情報提供や相談を行っている。④成年後見法人後見事業:知的・精神障害などにより、判断能力が十分でない利用者に代わって、法人後見人となり、財産の管理や福祉サービス等の契約、協議等を行う。⑤インクルーシブ教育推進事業:障がいの有無に関わらず,共に学びあうための教育が実現するような活動をしています。以上の事業を柱に、自立生活に関心がある10.20代の重度障がい者に向けて、「イルカの自立生活塾」と題した宿泊を伴う研修を実施したり、健常者・障がい者を交えた運動会を県内の自立生活センターと共同開催するなど、活発な活動を行っている。  >>詳細
北洋建設株式会社
故小澤政洋氏によって北海道札幌市に1973年に創業し、企業として刑務所からの出所者の雇用と精神的なサポートを行って更生保護に携わってきた。現在、経営は息子の小澤輝真氏に引き継がれ、輝真氏は難病の脊髄小脳変性症を患いながらも更に活動を拡大させ、これまでに500人以上を雇用している。 >>詳細
ブルースカイ(長野県)
ブルースカイ
1990年、まだ登校拒否についてあまり知られていない頃に発足。わが子の現状と将来に不安でいっぱいのお母さん方5人の会で始まった。現在代表を務める松田さんは、当時は子どもにどう対応したらいいか、誰に相談したらいいのかわからず、親子で死ぬ思いの葛藤があった。また対子どもの悩みだけではなく、姑・親戚・学校・知人からも、“あなたの育て方が悪い”“将来大変だよ”と言われ深く傷ついた事、沢山の苦しみをお母さん一人が抱える現状は、28年経った今もあまり変わっていない。当時深い悲しみと苦しみを経験した松田さん達は、その後もこの会を通じて、同じ悩みをもつお母さん方に寄り添って、彼女らの話を聞き、自分の経験を伝え、苦しみを吐き出す場所を提供し続けている。また、登校拒否となった子どもたちがいられる場所も提供している。親は、学校に行かなくなった子どもの、将来のこと、その先の就職・結婚のことまでも悩み、この子はもう、人生の目標を持てなくなると感じてしまう。そして学校へ行かなくてもいいという事を受け入れるには時間がかかってしまう。
不安を抱えた母親に子どもは敏感に察知し、更に状況は悪くなる。学校に頼ることも難しく、結局はお母さん一人で子どもに向き合う事が多くなり、そのお母さんの話や悩みにじっくり耳を傾け、一緒に涙し、「よく頑張っているね」と励ますことや、「うちはこうだったよ」と経験談を話してくれる会の存在は、唯一の元気の源になっている。 >>詳細
認定NPO法人「だいじょうぶ」
栃木県日光市で子どもへの虐待を無くそうと、養育が困難な家庭の訪問支援、家に居場所のない子どもたちを預かり、衣食住から保護者の精神的なサポートをする母子の居場所「Your Placeひだまり」の運営、虐待をしてしまう親の回復プログラムなどを行っている。代表の畠山さん夫婦は、里親として県から委託された子どもたちの養育を行っており、2010年から「ファミリホーム虹の家」を運営している。  >>詳細
推薦者/ニッポン放送「阿部亮のNGO世界一周!」阿部亮
公益社団法人 おうみ犯罪被害者支援センター
2000年当時犯罪被害者への支援が注目される中、滋賀県守山市に全国で16番目の被害者支援センターとして設立。以来18年にわたり有志ボランティア約30名が、相談の電話を傾聴。時に面談から法律相談につなげ、警察・病院への付き添いや裁判の傍聴、子どもを殺された家族には、裁判も終わり何年か経つとみんなの記憶からも忘れさられ、喪失感を感じる事から、命日にはお花を届ける等、被害者や家族の心情に寄り添った活動を続けている。
ボランティアは10回の講習(養成研修)を有料(¥15,000)で受講し、1年半の実習、その後面接を経てようやく支援相談員になれる。昨年の対応件数は1,471件(東京6,000件)で、人口比率では全国一の数字。これは犯罪件数に比例している訳ではなく、ひとりに関わる回数が多い、つまり丁寧に何度も何度もひとりの人に寄り添い、信頼関係を構築する支援を続けたからこその数字。他にもデートDVや性暴力予防啓発講座を県内の小中高大学で行ったり、DV相談支援のてびきの作成や、知的障害者に犯罪被害を気づかせ、どこに助けをもとめたらいいのかを分かりやすく説明したDVDや絵本を作る活動も積極的に行っている。
57%を占める性犯罪相談を受けて2014年から、性犯罪被害者に対して全国初となる、病院・警察・県・同センターが一体となって総合ケアを行う、性暴力被害者総合ケアワンストップびわ湖(SATOCO)が発足。4団体が協定を結び、被害者の電話にSANE(性暴力被害者支援看護職)看護師が24時間対応し、医療的な処置が終わった後、支援センターにつながる仕組み。
2018年4月「特定非営利活動法人」からより高い公益性を目指し「公益社団法人」として活動を続けている。  >>詳細
Uday Haribhau Thakar(ウダイ・ハリバウ・タカール)
インドで1970年からハンセン病患者の支援を行っている。未だに厳しい差別に苦しみ、社会から顧みられることの少ない患者、元患者とその家族に治療の機会を提供し、キャパシティ・ビルディング(能力向上・習得)、尊厳の回復、人権状況の改善に尽力した。クシュタログ・ニヴァラン・サミティ(ハンセン病予防委員会)に入会し、同会の医療部門に配置され、マハラシュトラ州のパンヴェルで活動を開始し、185の村落で戸別訪問し総計15,000人以上の患者を発見し、治療に結び付けた。また、同州政府ハンセン病患者リハビリテーション委員会委員に任命され、患者のコロニーを訪問し、障害防止プログラム、マイクロクレジット事業等の実態調査を行った。同州での活動をインド全土に広げるべく、2005年には同国内唯一の当事者団体のナショナルフォーラムの設立に関わり、ハンセン病当事者の指導者の育成に取組み、政府への働きかけの方法やその材料となる情報収集の方法などについて指導した。ナショナルフォーラムは「インドハンセン病回復者協会」として2013年に唯一の同国全国規模の当事者組織として登記された。  >>詳細
推薦者/田南 立也
公益財団法人 真照会
愛知県内の高等学校を卒業し、経済的に恵まれない国立大学等に在籍する苦学生に修学資金の給付や、名古屋市近辺の国立大学等に在籍する大学生等に対する学寮の無償提供の他、愛知県内の大学等に研究助成を行う活動を続け、昨年100年を迎えた。
名古屋市に本社を置く岡谷鋼機株式会社の10代目岡谷惣助氏が、名古屋市の旧制第八高等学校の生徒を支援するために私財を投じて1917年に創設した。現在の理事長は惣助氏の孫で、岡谷鋼機(株)の社長篤一氏が、祖父の理念と志を引き継いで活動を続けている。学資金は県内の公立高校4校から推薦された26名に毎月3.7万円が支給され、寮は名古屋市の大学に通う10名の学生が利用。食事と電気ガス水道も負担してもらえる。
これまでに支援した学生はゆうに500名を超える。費用の大半は創設者が寄付した自社株の配当を充てているが、不足の場合は岡谷鋼機・岡谷不動産からそれぞれ寄付金として充当されている。同社はバブル期においても決して投資等に揺るぐこともなく、堅実な事業を行ってきたことから、100年もの長きにわたり、この支援が継続できた。
そして、この功績を表立って語ることもせず、学生には会社への入社を条件ともしない、創業者の意思が脈々と3代に亘り伝えられてきた。  >>詳細
一般財団法人ワンネスグループ
2005年に薬物依存に対応する回復支援団体を前身として、その後アルコール・ギャンブル等様々な依存症に悩む人に向けた回復施設、一般財団法人ワンネスグループを奈良・名古屋・沖縄の3都市、8施設で運営し、また、東京、横浜、大阪に来所相談拠点を設けている。特徴は、薬物以外の多種多様な依存に対応し、女性専用の施設を有すること、そして、海外の先駆的回復のための様々なプログラムを現地で学び、その手法を積極的に取り入れている事。また、包括的依存症支援として、予防教育・回復支援・再発防止・雇用創生・専門職化など、統合的なアプローチで、それぞれの利用者に向きあっている。またその手法も日々進化する中で、世界最新の情報を入手し、利用者のみならず、その家族を支えた活動を行っている。
活動内容は、①依存症の本人・家族の支援 ②カウンセラーとなる専門家の育成 ③回復プログラムの開発 ④予防教育 ⑤就労支援を柱に、依存症回復支援施設の運営から、依存症を知るセミナーの開催、回復期の利用者が働く場所の提供、家族からの相談に応じたりと幅広い。例えば農業プログラムや犬の世話を通じて信頼関係を築くトレーニング、体を動かしたり、ヨガなど内なる自分に向き合うプログラムも取り入れている。画一的な方法ではなく、それぞれの性格や環境にあったプログラムによって、依存症者を回復に導く活動を13年に亘り続けている。  >>詳細
鈴木 健大(神奈川県)
鈴木 健大
2011年3月末、東日本大震災で被災した人たちが避難生活を送っていた神奈川県川崎市の「とどろきアリーナ避難所」で、当時川崎市職員だった鈴木氏は、ボランティアとして入った体育館で雑魚寝する子どもたちを見て「せめて勉強する場があれば」と思ったのがきっかけで、4月から会議室を借り、大学生ボランティアを募って学習支援を始めた。その後、避難所が閉鎖され学習室も避難所がある間だけのつもりだったが、受験期の中学3年の子の存在が大きく、一人でもそういう子がいるならば他にも沢山いるはずだと思い、公民館を借りて学習室を再スタートさせた。現在は、東日本大震災・熊本地震で被災して都会で生活する東北・熊本の子どもたちを対象に、川崎市と横浜市で「とどろき学習室」・「よこはま学習室」をそれぞれ週2回ずつ開催し、進学や学校の授業の学習サポートをしている。参加は無料。そのほか夏期講習、模擬試験、模擬面接、勉強合宿、キャンパスツアー(将来のことについて考える機会を創出することを目指す)、遠足、クリスマス会などの取り組みも行っている。  >>詳細
特定非営利活動法人 京都難病連
1974年(昭和49年)結成、以降今日に至るまで「病気に負けないよう仲間同士が励まし合い助け合う」、「病気のことを正しく理解する(仲間に伝える)」、「病気があっても安心して暮らせる社会の実現」などを目的として活動をしている。
1980年に「難病相談センター」を開設、難病専門医や看護師、社会福祉士が行う専門相談、および同病患者が行うピア相談を日常的に行っており、年間1,000件を超える相談に対応している。
また、1998年には「難病医療講演・相談会&交流会」事業を開始、毎年約15疾患の医療講演と個別相談会を開催し続けており、専門医のセカンドオピニオンが気軽に受けられることや同病の仲間との情報交換や交流ができることで好評を博している。一方、難病患者や障害者の生活の質の向上を目指す運動にも取り組んでいる。
加盟団体16団体会員数約2,500名(2017年3月末現在)  >>詳細
推薦者/京都わらび会
犬飼 公一(愛知県)
犬飼 公一
滋賀医科大学に進学後、一般家庭と生活保護世帯の子どもの高校進学率に大きな差があることをニュースで知り、「教育から貧困の連鎖を断ちたい」と2007年大津市内で生活保護世帯や母子家庭の中学生を対象にした学習会を開き延べ1,000人を超える中学生の学習支援を行った。2011年に日本で初めて全国の学習会をつなぐ「全国学習支援ネットワーク」を設立し、学習支援事業を広く浸透させた。全国各地で講演やシンポジウムを開催し、見えにくい「子どもの貧困」問題の啓発活動を行っている。この問題のシンボルマークとして「虹色リボン」をデザインし虹色リボン運動をして問題意識を浸透させる活動を行っている。医師となった現在も活動を継続し、専門知識を活かして学習会に参加する子どもたちの健康チェックを行う「往診」も定期的に行っている。  >>詳細
推薦者/田中 嵩久
特定非営利活動法人 精神障害者回復者すみれ会
日本で唯一の精神障害者回復者の当事者だけの組織で、1970年に患者会のメンバー4名により設立された。 当初はデイケアセンターのように、患者同士地元のニッカウィスキーの工場見学等、皆で集まって何かをしよう、どこかへ出かけようとう集まりだったが、そのうち利用者から生活保護・年金・障がい者手当の取得に関する質問などが寄せられるようになり、利用者に送るイベントの案内状が現在の機関誌すみれとなり、50年の間に利用者の要望により活動が変化していった。
現在札幌市からの補助金もあり、95名の利用者と、スタッフ11名が月曜から金曜までこの施設に集い、おおまかなカリキュラムを基に過ごしている。一日の始まりは全員参加の朝礼で、スケジュールの紹介や作業の担当を決め、風邪が流行っている等の注意事項が伝えられ、利用者からも相談や心配事について話がある。作業は段ボール製作等で1時間30分ほど行い、それからみんなで昼食をとり、午後はレクリエーションの時間で囲碁やオセロゲーム、カラオケやおしゃべりと好きな事をして過ごす。
当事者でもある理事長は、就労支援という縛りに囚われることなく、ここはあずましい場所(方言で居心地のいい場所)でありたいと、”のんき・根気・元気“をモットーにしている。団体はこれまでに、身体障害者・知的障害者には適用される一方、精神障害者にはなかった、札幌市の公共交通機関の割引や、共同作業所の補助金の上限人数撤廃等を札幌市に働きかけを行い成果を挙げている。
1970年代、公衆浴場には、”入れ墨・精神病患者お断り“と張り紙があったほど、一様に世間では精神病患者は外に出すなという風潮だった。それは医師も一緒で、彼らに仕事等出来るはずがないと思われていたという。
この団体は理事も含め当事者で運営されている唯一の団体であるため、全国から見学を希望する連絡が多く、障がい者施設としては再来年に50周年を迎える知名度の高い施設。  >>詳細
坂本 洋子(東京都)
坂本 洋子
特別支援学校の教員だった夫と共に東京都の養育里親に登録し、1985年から里親として子どもたちを育てて33年、現在17人目の4歳を含め5人の子どもと暮らしている。
2003年に里親サロンをスタートさせ里子たちの会、支援者の会、そして地域に開かれたコミュニティ食堂など「里親ひろば ほいっぷ」のグループ代表でもある。
里親制度は、虐待や死別など様々な事情により家庭での養育が困難または、受けられなくなった子どもたちを温かい愛情と正しい理解を持った家庭環境の下で養育する制度である。厚生労働省によると、日本で里親に預けられているのは18.3%の約6,500人(2016年度)と先進国の中では、里親受託率が低く、同省では未就学児の同率を7年以内に75%以上にする目標を掲げている。  >>詳細
奨励賞の贈呈
  • 顕著な活動の発展や拡大を継続中の過去の受賞者に、毎年1件奨励賞を贈呈しています。