www.fesco.or.jp
トップページ > 受賞者について > 受賞者紹介

受賞者紹介

平成14年度   第二部門(多年にわたる功労・日本財団賞)
ごとう もとさぶろう
後藤 元三郎
(昭14.11.16生)北海道小樽市

功 績 内 容
 昭和50年代半ば、北海道小樽市において自給自足による精神障害者のための共同作業所を設置し、厳しい環境の中での共同生活の中から、患者たちを高い回復率で社会復帰させるなど、精神障害者の社会復帰の為に心血を注がれた。



後藤 元三郎 さん 昭和50年代半ば、後藤さんは精神分裂病(統合失調症)患者の回復のための施設を開設することを決意した。後藤さん夫妻には福祉施設や病院等の勤務経験はなかったため、全くの手探りで施設を始めた。昭和55年に、北海道小樽市塩谷の外れに土地を借り、そこに農地を切り開いて自給自足に近い生活の小規模作業所「塩谷共同作業所」をスタートさせ、続いて寮を建て、患者とその母親4人が暮らすようになった。精神病患者に対する差別意識が激しかった当時、患者と家族が逃げ込んで身を隠して生きる場所を設けるという感覚だった。
 当初、後藤さん夫妻と親たちは1年間農作業に明け暮れて、自給自足がぎりぎり、収入はほとんどゼロという状況だった。しかし共同体のような厳しい生活の中で、後藤さんの指導もあり、患者たちは回復していった。塩谷共同作業所の存在が知られるようになると、入寮する患者の回復率が高いため、本州からも精神科の医師が見学に来るほどになった。
 夫妻が引退した後のことを考え、安定的な運営のために法人化が必要という結論に達し、社会福祉法人認可のため、授産施設を設けることになった。後藤さんが家具屋だった自分の経験を生かし、木工で家具づくりを行うように指導を始めた。平成6年に塩谷福祉会として法人認可を受け、本格的な家具づくりが軌道に乗り始めたが、平成8年、後藤さんは脳梗塞で倒れてしまった。しかし言葉を失っても、心病んだ人たちの手を握り、安らぎと勇気を与えている。小樽では塩谷福祉会を足がかりとして、多くの人が病院を退院し、地域へと巣立っている。
(推薦者 斉藤 順子)