受賞者紹介

第64回 社会貢献者表彰
※ 掲載内容(名称、活動内容、代表者名、肩書き等)は受賞当時のものです。

認定NPO法人 ヒカリカナタ基金

(岡山県)
認定NPO法人 ヒカリカナタ基金
理事長 竹内 昌彦

幼少期に失明した竹内昌彦さんは「途上国の視覚障がい者にもあん摩の技術を習得する機会を設けて自立を支援したい」と考え、2011年にモンゴルに、2015年にキルギスに私財を投じて盲学校を開くと、入学を希望する子どもたちの中に、治療をすれば見えるようになる子どもが少なくないことを知った。貧困が理由で治療や手術を受けられず、盲人として生きる覚悟を決めた子どもの境遇に心を痛めた竹内さんは2017年にヒカリカナタ基金を設立。これまでにモンゴル、キルギス、カンボジアなどのアジアの7か国で1,000人以上の子どもたちにヒカリを届けることができた。更なる目標5,000人以上を目指して支援の呼びかけを続けている。竹内さんは生後12か月の時、天津から引き上げ船で帰国途中にひいた風邪がもとで、右目の視力を失い、左目のわずかな視力だけが残った。故郷岡山の学校では目が見えないことで壮絶ないじめと差別を受けたが、両親の深い愛情や自らの行動力でそれを克服。1964年のパラリンピック東京大会には盲人卓球で出場し金メダルを獲得した。その後、盲学校の教員となり結婚。誕生した長男の健吾さんは、重度の脳性小児麻痺を患っており、7歳でこの世を去った。こうした経験を含め「見えないから見えたもの」というテーマで、全国各地の学校や要望のある場所で、これまでの35年間で3,500回以上の講演会を行っている。

推薦者:更生保護法人 備作恵済会 古松園 常務理事 岩戸 顯
岡山放送株式会社 代表取締役社長 鈴木 裕一

認定NPO法人 ヒカリカナタ基金の願い

私は終戦の年(1945年)に生まれたため、栄養失調と感染症に襲われ、8歳の時に失明してしまいました。しかし、すばらしい両親に恵まれ岡山盲学校に入学し、母校の教師を務め終え現在に至りました。その間、障害者理解を求める人権講演会に招かれ、47都道府県で3,000回以上の講演を行ってきました。そのときいただいた講師料はどうしても自分のためには使うことができず、アジアの開発途上国で苦しんでいる視覚障害者のために何かできないかと考え、モンゴルとキルギスに日本あん摩の指導や生活訓練を行う小さな盲学校を創りました。

ところが、ある日その盲学校の先生から電話がかかってきました。「入学してきた男の子を診察したお医者さんが、この子の目は簡単な手術をすれば見えるようになると言われた。手術費は5万円だけど、そんな大金はどこにもない。何とかできないでしょうか」と言うのです。「目が見えるようになる」。なんて希望に満ちたうれしい言葉でしょう。私は反射的に 「お金はすぐに送るから…」と答えていました。調べてみるとそのような子どもたちが大勢いるのです。とても私のお金だけでは間に合いません。友人たちと話し合い「ヒカリカナタ基金」を立ち上げ、みんなのお金を集めて送ることにしました。

それから10年後の2025年1月に、やっと初期の目的であった1,000人の子どもの目に光を届けることができました。目の手術を終えて包帯が取れ、子どもたちが「見える!」と言ったとき、親たちは言葉より先に涙を流し、私たちに向かって手を合わせて拝むのです。子どもたちはきょとんとしていますが、後になって「自転車に乗れるようになった」「友達とサッカーができる」「お医者さんになって目の見えない子どもの目を治したい」と喜びや希望を語ってくれるのです。子どもたちとその家族、そしてそのまわりの人たちは、目を治したのが日本人だということを忘れないでしょう。そして困っている日本人を見つけたら、きっと助けてくれると思います。これこそが日本国憲法に根差した本当の日本の安全保障ではないでしょうか。

今は目が見えるようになった子どもにクレヨンとスケッチブックをプレゼントし、彼らが描いた絵を持ち帰り、眼科や企業の待合室などに飾っていただき、絵のレンタル料で次の子どもの目を治すという循環型の支援活動も行っています。次の目標は5,000人の子どもの目を治すことです。いつの日か世界中から「目のことで困ったら日本人に相談しろ」と言われるようになりたいものです。

理事長 竹内 昌彦

  • 2023年カンボジア 母親が泣きながらの感謝
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  • 2023年カンボジア 手術後の子どもと
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  • 昭和39年11月 東京パラ金メダル
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  • カンボジアカリタスタケオ眼科病院写真
    カンボジアカリタスタケオ眼科病院写真
  • カンボジアで手術後見えるようになって初めて子どもに絵画を描いていただき、日本に持ち帰りレンタルアートとして活用し、その資金を次の子どもの手術代に充てる事業を実施
    カンボジアで手術後見えるようになって初めて子どもに絵画を描いていただき、日本に持ち帰りレンタルアートとして活用し、その資金を次の子どもの手術代に充てる事業を実施
  • ヤンゴン眼科病院での集合写真
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