NPO法人 JFCネットワーク
1994年の設立以来、日本人とフィリピン人の間に生まれたJFCと呼ばれる子どもたちのために法的支援を中心とした人権擁護活動を行っている。1980年代に興行ビザで来日し、夜のクラブやバーなどで接客業に従事するフィリピン人女性と、客として訪れた日本人男性との出会いが増え、JFCと呼ばれる子どもたちが多く誕生した。様々な事情で両親の関係が破綻し、日本人の父から遺棄された母子がフィリピンに取り残され、困窮する事態が両国間の社会問題となった。この状況を深刻な問題と捉えた弁護士が1993年5月に有志の弁護士で「JFC弁護団」を結成し、日本人の父親探し、認知や養育費請求などを行う支援を開始した。翌年の1994年、ジャーナリストの松井やよりさんがJFCネットワークを設立し代表となる。1998年にはマニラに現地事務所を開所し、総合的にJFC支援を実施する体制を整えた。活動は法改正にも成果を上げた。当時は、外国人の母と日本人の父が婚姻してない場合、日本人の父から認知を受けても、子は日本国籍を取得できなかった。2005年、9人のJFCの子どもたちが原告となり、「国籍確認訴訟」を東京地裁に提起した。これは、「両親が結婚している・いないに関わらず、日本人の父から認知された子どもたちには等しく日本国籍を与えて欲しい」という願いから、「両親の結婚を条件としている国籍法3条は法の下の平等を定めた憲法14条1項に違反する」と訴えた裁判だった。その後、2008年、最高裁で違憲判決が下され、それにより、国籍法3条の改正につながり、両親が婚姻していなくても日本人の父が認知をした子どもは日本国籍を取得できるようになった。
「私はなぜこの世に生まれてきたのだろうか」
「私は愛されて生まれてきたのだろうか」
「私は誰なのだろう。フィリピン人? 日本人?」
「私は、父と母がいたからこそこの世に生まれて来た。しかし、私は父を知らずに生まれ育ってきた。私は父を知って一人の人間として完成したい。」
JFC(Japaneseジャパニーズ--Filipinoフィリピーノ Childrenチルドレン)たちは、こんな思いを持ちながら日々葛藤をしています。JFCネットワークは、1994年に活動を開始し、日本人の父親から遺棄された子どもを育てるフィリピン人のお母さんたちからの相談を受け、子どもたちの父親捜し、養育費請求や認知請求などの法的支援を軸とした人権擁護活動を実施してきました。
私たちの活動は、問題を抱えた個人の救済のみならず、法改正に向けた活動にも取り組んできました。特に、2008年に最高裁判所で違憲判決を得た「国籍確認訴訟」は、その後に国籍法3条の改正にもつながり、国際婚外子の差別解消へと大きな功績を残しました。この法改正により、外国籍の母と日本国籍の父の両親が婚姻をしていなくても、日本人の父が認知をした子どもは日本国籍を取得できるようになったのです。
この法改正は、特にフィリピンで生まれ育ったJFCたちに日本国籍の取得する権利を与えるという意味で、彼・彼女たちの人生の選択肢を広げ、より豊かな将来につなげられることを、私たちは当初、大きく期待しました。
活動開始から30年が過ぎ、今では、子どもたちから「日本人の父を探したい」「自分のルーツを確かめたい」「日本人の父から自分の子だと法的に認めてもらいたい」という相談が多くなってきました。
そして、法的に日本人の子だと認められ、日本国籍を取得したフィリピンで生まれ育ったJFCたちの中には、父の国・日本を目指し、移住する者も増えています。
しかし、JFCたちが日本に移住する過程でエージェントに騙され、多額の借金を課される、酷い労働条件のもとで働かされるなどの人身取引と思われるケースが報告されるようになっています。
私たちJFCネットワークは今、大きな課題を抱えています。日本へ移住を希望するJFCたちが安心して来日をして、安定した就労先を見つけ、自立した生活が保障され、幸せな人生を送るために、私たちがすべきことは何かを模索中です。
現在の日本社会で「外国人」に対する排外主義的な風潮が高まる中、JFCたちもそうした風潮を敏感に感じとっています。フィリピン人として、日本人として、一人の個人として誰もが尊重されて生きていける社会を目指し、これからも活動を続けていきたいと思っています。
















