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受賞者

平成25年度

東日本大震災における救難活動の功績

ひさいちにおけるこうれいしゃへのはいえんきゅうきんワクチンきんきゅうせっしゅプログラムワーキングチーム

被災地における高齢者への肺炎球菌ワクチン緊急接種プログラムワーキングチーム

(東京都)

震災後、被災地へは各製薬会社が提供し取りまとめられた医薬品45tが届けられていたが、管理の難しいワクチンは含まれておらず、混乱を招くとの懸念から追加の寄付も控えられていた。そんな中、生活環境の悪い避難生活下で高齢者の肺炎が増えることが懸念され、「肺炎球菌ワクチン」を求める被災地の医師たちの声が、同ワクチンを製造・販売するMSD株式会社の肺炎球菌ワクチンプロダクトマネージャー(当時)内藤麗さんに届き、被災地の高齢者への同ワクチン接種へ向けて動き出すこととなった。内藤さんはワクチン提供への諸問題を洗い出し、社内、医薬品卸会社、現地の医師や災害派遣の医師たちと協議を重ねた結果、気仙沼市医師会が接種プログラムを作り上げ、同市および南三陸町で2ヶ月後の5月より計約5,500人の高齢者への接種が実現した。その後、「ほかの地域でも出来るはず」との声がつながり、日本赤十字社が海外救援金による復興事業として宮城、福島、岩手の3県全域でも行うこととなり、2012年3月までに48万人を超える高齢者が接種を受ける大規模な事業となった。

推薦者:株式会社ケアーズ 白十字訪問看護ステーション 
代表取締役 統括所長 秋山 正子
被災地における高齢者への肺炎球菌ワクチン緊急接種プログラムワーキングチーム 内藤 麗
内藤 麗
公立南三陸診療所(前公立志津川病院)の看護師&薬剤師のみなさん
公立南三陸診療所(前公立志津川病院)
の看護師&薬剤師のみなさん

東日本大震災後、避難生活がどのようなものになるかは、専門家の方々の眼には明らかでした。当時、製薬会社のMSD株式会社に勤め、主に高齢者向けの肺炎球菌ワクチン(「肺炎球菌」という肺炎を起こす原因として最も多い菌の感染を予防するワクチン)のプロダクト・マネージャーという仕事をしていた私のところには、震災後すぐに、東北各地の医師の方々から「せっかく助かった命を肺炎で落とすことになる。ワクチンが必要だ。」と悲痛な声が届きました。衛生・栄養環境が悪く、日頃の病気の管理がままならなくなる状態では、特にご高齢の方は肺炎にかかりやすく、阪神・淡路大震災や海外の事例からも被災後に肺炎が増えることが間違いないことを、当時私もすぐに文献などで確認していました。

しかし、ワクチンの提供は生易しいものではありませんでした。輸送経路の確保不安定な電力供給の中での8度以下の冷所保存管理、接種場所の確保、ワクチンの受け渡し、安全な接種環境の保持。そして被接種者の方々の過去の接種歴や日頃の病気の確認など適切な問診が可能か、どこに何人いるのか、誰がそれを把握できるのか、課題は山積していました。

大友先生と
大友先生と

そのような中、PCAT(日本プライマリ・ケア連合学会震災支援プロジェクト)の活動で気仙沼から東京に戻った内藤俊夫先生(順天堂大学医学部総合診療科)から連絡がありました-「気仙沼地域に肺炎球菌ワクチンを送れないか」。そこには内藤俊夫先生、そして気仙沼市医師会の強い思いがありました。気仙沼ならできると私はそう強く感じ、一度は「無償提供は困難」と判断した、会社の関係者への説明と説得、そして必要な手配に奔走しました高齢者向けの肺炎球菌ワクチンは、日本でMSD社だけが提供するワクチンです。私は、自分がそのワクチンの担当責任者たる立場にいながらワクチンを届けることができなかったら、一生後悔と共に生きることになる、私が持ってでも届けなければいけないという思いの一点でした。

困難とされた理由は上記のとおりで、もちろん、ワクチンを提供する製薬会社だけではどうにもならない話でした。気仙沼地域を担当しているMSD社の医薬情報担当者(MR)の安達勝久さんとの連携で、現状を把握し、気仙沼市医師会長の大友仁先生と相談を重ね、行政である気仙沼市からの賛同、そしてバックアップ(住民の状況把握、接種場所の確保、告知等)も得られることになり、医師会事務長の藤田正廣さんが中心となって通常のやり方とは全く異なる「災害緊急対応版」として接種のためのフローチャート(図参照)を一気に書き上げ、必要な項目をひとつひとつクリアすることができました。程なくして、気仙沼市医師会の管内である南三陸町でも接種の方針が決まりました。そして、肝心の「保管場所」として、唯一被災を免れていた医薬品卸会社の東邦薬品株式会社の医薬品冷蔵庫の無償供与を、当時の気仙沼営業所長の田口栄さんが社内でかけあってくれました。さらには、順天堂大学から接種に必要な注射器も無償で提供されました。それは、見事なチームの連携プレーであり、ワクチンで助けられる命を失ってはならないというそれぞれの強い思いがつながり結実したのだと思います。

ワクチン接種のひとつの会場であった保険センター
ワクチン接種のひとつの
会場であった保険センター

ゴールデンウィーク明けから各避難所での接種が開始されました。接種にあたっては、医師の方々はじめ、行政、看護師・保健師・薬剤師の方々など数えきれない多くの方々の協力と連携があり、奇跡のように全てがつながりました。MSD社内でも生産・物流管理など多くの部署が緊急対応を行いました。何しろ、5,500人分を一度に一ヶ所に送ることも、一度に接種することも、平常時にだってしたことがありませんでしたので、皆それぞれが無我夢中で「出来る方法」を考えていたと思います。その後、この取り組みが周囲の地域にも広がり、岩手・宮城・福島の3県で約48万人が肺炎球菌ワクチンを接種するという大規模なプログラムに広がったのです。震災後の不安定な環境の中で、どれだけ多くの方々の支援・協力によってこれらの取り組みが実現したか、計り知れません。

東邦薬品 田口所長と薬剤師さんと保管冷蔵庫の前で
東邦薬品 田口所長と
薬剤師さんと保管冷蔵庫の前で

ただ、今回の経験から分かることとして、震災が起きてからワクチン接種しようとしたために多くのハードルができてしまっていたのも事実です。本来は、日頃からのワクチン接種が必要で、病気の予防も含めて備えを行っておけば、もしかしたらこんなに慌てる必要はなかったのだと思います。ですが、人間完璧にはなれないもの。何か起きてしまったら、その時に一番大切なことを見失わずに、救える命を救うこと、そしてひとつでもやれることをやる方法を見出すことだけを忘れずにいたと思います。

最後に・・・東日本大震災から2年半余が過ぎた2013年末、本原稿を草稿中に予防接種法改正案採択のニュースがありました。65歳以上の高齢者への肺炎球菌ワチン接種が、これまでの任意接種の制度から「定期接種」に組み入れられることとなり、全国的に日頃からワクチン接種をしやすい環境が整ったことを、チーム一同心から喜んでいます。

被災地における高齢者への肺炎球菌ワクチン緊急接種プログラムワーキングチーム
内藤 麗

  • 2013年夏の気仙沼市内の様子
    2013年夏の気仙沼市内の様子
  • 2013年夏の気仙沼市内の様子
  • 2013年夏の気仙沼市内の様子
  • MSD社
    MSD社
  • 安達氏、東邦 田口所長
    安達氏、東邦 田口所長
  • 安達氏、東邦 田口所長と
    安達氏、東邦 田口所長と
  • 公立南三陸診療所 西澤匡史先生と
    公立南三陸診療所 西澤匡史先生と
  • 順天堂大病院 内藤俊夫先生と
    順天堂大病院 内藤俊夫先生と
  • 大友仁先生、藤田事務長、安達勝久氏、医師会の事務の方
    大友仁先生、藤田事務長、安達勝久氏、医師会の事務の方
  • 東邦薬品 保管冷蔵庫の前
    東邦薬品 保管冷蔵庫の前
  • 保冷バック これで東邦薬品さんから避難所へワクチンが運ばれた
    保冷バック これで東邦薬品さんから避難所へワクチンが運ばれた
  • 気仙沼医師会肺炎球菌ワクチン接種事業実施報告書
    気仙沼医師会肺炎球菌ワクチン接種事業実施報告書
    (2011.10.24) - PDF