受賞者

平成25年度

社会貢献の功績

あきた みのる

秋田 稔

(岡山県)

昭和53年から岡山市の児童養護施設岡山市善隣館で散髪奉仕活動を行っている。終戦後、稔さんの父、資夫さんの兄が始めた奉仕活動を昭和21年から資夫さんが手伝う様になり、稔さんは大学卒業後、東京の理容室に勤務していたが、岡山に戻り父の店を継ぎ、善隣館での奉仕活動も引き継いだ。親子2代で66年にわたる奉仕活動。

推薦者:児童養護施設 岡山善隣館 三宅 嗣朗
秋田 稔
1969年 伯父の秋田忠氏と弟子たち
1969年 伯父の秋田忠氏と弟子たち

日本三名園の一つ後楽園の北西1km程の所に、児童養護施設岡山市立善隣館があります。昭和21年(終戦の翌年)に戦災孤児の為に岡山市が作りました。一時は100名程にもなり、善隣館小学校にもなっていました。初代館長は市内の小学校の校長を歴任されていた西尾三郎氏に任じられました。西尾氏は退官後、私財を投じ善隣館を退所した子供達が独立するまで生活できる大活寮を作り、自らも生活を共にされアフターケアもされた人物です。

伯父秋田忠は、祖父秋田定次郎の理髪店を継ぎ、岡山市田町で私の父秋田資夫(もとお)と、兄弟で秋田理髪館を営んでいました。西尾館長は店の常連客でした。昭和21年のある日、西尾館長が店を訪ねられ「預かっている子供達の髪が伸びて困っている」とのお話があり、伯父が「散髪に行ってあげましょう」と申し出ました。すぐ児童数が増え伯父独りでは一日では終わらなくなり、父と兄弟で行っていました。その話を聞いた父の親友土屋文男氏(広瀬町)も参加されるようになりました。父も翌年同じ田町に独立し秋田理容室を開業、両店舗の弟子が10名以上になり、毎月一回若いスタッフの腕磨きの場にもなりました。

1981年 20代 子供の散髪が得意になる
1981年 20代
子供の散髪が得意になる

私が理容師美容師の免許を取り、松山商科大学卒業後上京し、戦時中昭和天皇の理髪師をされていた大場栄一先生に師事、中央理容専門学校の高専科・大学科・大学研究科を卒業し、岡山に帰り父の店秋田理容室(コアフール アキタ)を継いだのが25歳、昭和54年春から弟子と善隣館に行きだして早35年が経ち3,000名程の散髪をしました。伯父からでは70年近くなるので延べで1万名を超える散髪をした推計になります、10年以上の参加者は、伯父の長男秋田哲夫、伯父の弟子日高重光(白石新町サントーク)、日高の弟子岩井健治(福吉町)、私の弟子田中康久(倉敷庄新町)、今も私と一緒に参加している私の弟子濱野弘充(富町ヘアーHair プラヤPLAYA)です。濱野は散髪に行って元気を貰って帰ると話しています。

1985年 30代 地元の新聞に掲載される
1985年 30代 
地元の新聞に掲載される

昨今の善隣館は、もちろん戦災孤児はいませんが、何らかの家庭の事情で入館している子供達が25名程います。2ヶ月に1回ですが、お洒落な子供はスタイルブックや携帯電話の写真を持って来て注文をします。雑談をしながら和気あいあいとした中でカットします。

善隣館の館長室には石井十次の本が並んでいます。初代西尾館長の志が今の第14代館長三宅嗣朗氏まで引き継がれています。一般的な公務員の意識の範疇を超えて子供達を護っています。子供達の笑顔とそれが有ったから70年近く私達の散髪が続いているのだと思います。私達はボランティアとか理髪奉仕とかの意識ではなく、家族の散髪に行っているといった意識なのです。私達はほんの少しそのお手伝いをしています。今回の受賞を子供達が喜んでくれ、私達の喜びが倍増しました。ありがとうございます。

  • 1996年 40代 月一回の参加で弟子たちも子供達の散髪が得意になる
    1996年 40代
    月一回の参加で弟子たちも子供達の散髪が得意になる
  • 2013年 還暦 伯父、父、従兄の後を継ぎ35年の活動になる
    2013年 還暦
    伯父、父、従兄の後を継ぎ35年の活動になる
  • 西尾三郎&大活寮
    西尾三郎&大活寮