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受賞者紹介

平成14年度   第二部門(多年にわたる功労・日本財団賞)
さだひろ くにひこ
貞廣 邦彦
(昭 3. 8.10生)
東京都府中市

功 績 内 容
 手話が会話の手段として認知されていなかった頃から半世紀以上にわたり、その一般への普及と標準化に努め、テレビ等での手話番組の放送開始にあたっても積極的に協力した。また日本初のろう者によるプロの劇団「日本ろう者劇団」の運営にも16年間にわたって貢献された。



貞廣 邦彦 さん 昭和24(1949)年ごろ、広島で数学教師をしていた貞廣さんは、聾学校で教師が生徒の口や舌を指で押さえながら口話(こうわ;口の動きを見て話す方法)を教える姿に感銘を受け、聾学校の教師となった。当時、手話は「身振り」「手振り」として、聾学校の中では禁止されていた。口話と読唇術が社会生活を行う上で必要であり、手話はその習得の妨げになる、との判断のためだった。しかし実際の教室での経験や、聴覚障害者の先生との交流から、手話はまぎれもない言語であり、何よりも聴覚障害者の実際の生活に欠かせないことを貞廣さんは知り、反発を受けながらも教育現場で用いることを始めた。
 昭和36年に実績を買われ、厚生省職員として国立聴力言語障害センターで働くことになり上京、これ以後、(財)全日本ろうあ連盟の会合等に参加しながら、手話の普及と標準化に協力し貢献した。昭和60年には(社福)トット基金の授産施設「トット文化館」の館長・施設長に招かれ、平成11(1999)年まで在任した。同基金の目的のひとつは、黒柳徹子理事長が構想した日本で唯一のろう者によるプロの劇団「日本ろう者劇団」設立のためだったが、黒柳さんがろう者劇団に専念できるよう、貞廣さんは「トット文化館」の運営に心を砕いた。
 貞廣さんは現在、手話→日本語の辞書編纂に着手している。手話が広く認知されるようになったのには、テレビ番組での手話の紹介や使用が大きく影響しているが、その嚆矢となったNHK、日本テレビなどの手話番組開始時には貞廣氏の協力があったことは、一般にはあまり知られていない。また、秋篠宮妃紀子様の手話のご指南役も務めている。
(推薦者 黒柳 徹子)