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受賞者紹介

平成14年度  第一部門(緊急時の功績・日本財団賞)
しのはら あきひこ
故.篠原 秋彦
(享年54)長野県南安曇郡穂高町

功 績 内 容
 平成14年1月6日、長野県鹿島槍ヶ岳東尾根付近にて4名の遭難救助の要請を受けた篠原さんたちは、ヘリコプターで現場に急行した。ネットを使用して遭難者を引き上げたが、救助直後に強風のため篠原さんが転落、外傷性ショックにより亡くなられた。篠原さんはこの27年間に2,000名以上を救助しているベテランだった。



故.篠原 秋彦 さん 平成14年1月6日(日)午前10時ごろ、長野県警察本部に対し、鹿島槍ヶ岳東尾根付近で山岳パーティ4名が大雪のため身動きが取れなくなったとの救助依頼があった。北アルプス一帯は、強風が吹き荒れ、濃霧のため視界は約100メートルだった。県警では、自前のヘリでは対応できないため、篠原さんが顧問を勤める東邦航空に出動要請した。
 午後0時ごろ、篠原さんが現場に降下し、救助用ネットに被救助者4名を座らせ、引き上げを準備した。0時10分ころ、引き上げ完了の無線連絡により、ヘリコプターは上昇したが、その際に強風のため、篠原さんが救助用ネットから転落した。間もなく、誘導員がネットに篠原さんが乗っていないのに気付き、再び現場に引き返し捜索を行ったところ、午後1時10分ころ、救助現場から約50メートル下方の立木付近に、約2メートルの積雪に埋もれて倒れていた篠原さんを発見した。篠原さんは地元の大町総合病院に収容されたが、午後1時53分、外傷性ショックにより亡くなられた。
 篠原さんは昭和47年に東邦航空に入社、49年に長野県警の要請で遭難救助に出動して以来、ヘリによる山岳救助活動を行ってきた。27年間の出動回数は1,700回を超え、救助した遭難者は約2,000に上った。今では当然のヘリによる救助は、49年当時には全く行われておらず、篠原氏たちがノウハウゼロから築き上げたものだった。「シノさんに連絡がつけば、救助は9割成功」と言われるほど、その救助技術は卓越していた。平成12年には山岳遭難救助専門の別会社「トーホーエアレスキュー」を設立した。
 1月9日に行われた告別式には、山岳仲間や航空関係者約1,000人が参列した。
報道記事
(推薦者 (財)警察協会)