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受賞者紹介

平成13年度  第一部門(緊急時の功績・日本財団賞)
ささき ただお
故.佐々木 忠夫
(昭18.10.26生) 福井県吉田郡永平寺町

功 績 内 容
 平成12年12月17日、福井県の京福電鉄でブレーキ故障のため電車同士が正面衝突し、1人が死亡、25人がけがをした。佐々木 忠夫運転士は、乗客を守るため衝突時まで車両を停止させようと努められ、殉職された。



佐々木忠夫氏 平成12年12月17日午後1時半ごろ、福井県松岡町志比堺の京福電鉄越前本線で、支線の永平寺発東古市行き電車が終着駅を通過して本線に進入、福井発勝山行き電車と正面衝突した。この事故で永平寺発電車の佐々木忠夫運転士が死亡し、25人が重軽傷を負った。現場は単線で車両はいずれも一両編成、車掌はいなかった。衝突時、永平寺発電車が時速約20キロ、福井発電車が約60キロだったという。その後の調べで、永平寺発電車床下の、ブレーキ制動力を車輪に伝えるブレーキロッドが破断していたことが判明、事故時にはブレーキが機能していなかったことがわかった。また、佐々木運転士は事故の約5分前に、異常を伝え周辺の車両を停止させる無線の警報装置を作動させていたが、衝突した越前本線の車両は停止していなかった。

 殉職した佐々木さんは、運転席で発見された。事故直前に指令室に「ブレーキ…」と異常を示唆する無線を入れていることや、運転席で手を必死に動かしている後ろ姿を乗客が見ていることから、電車を止めようとして最後まで運転席にとどまり、ブレーキをかけ続けていたと考えられている。手動ブレーキのレバーは緊急停車用の「非常用」になっていたが、事故車両の車輪ブレーキパッドは開いたままで全く作動していなかった。

 佐々木さんは昭和39年に京福電鉄に入社、51年10月に運転士となったベテラン。平成7年に娘の結婚を機に選択退職したが、勤勉で実直な人柄が評価され、会社から請われて10年12月から「OB運転士」として復帰していた。「(衝突時に)ちょっと後ろに逃げれば助かったのに。責任感の強い男だったので、それはできなかったのだろう」「ああいう性格なので最後の最後まで頑張りすぎてしまった。残念でならない」と佐々木さんを知る京福電鉄の同僚は話している。

 運輸省鉄道保安局車両課(当時)では「列車自体のブレーキが利かずに衝突した運転士が殉職した今回の事故は、極めてまれなケース」としている。
(推薦者 社会貢献支援財団 事務局)