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受賞者紹介

平成24年度

東日本大震災における貢献者表彰

りくぜんたかたしりつひろたちゅうがっこう

陸前高田市立広田中学校

(岩手県陸前高田市)

陸前高田市立広田中学校の生徒たちは、震災による大津波が押し寄せる中、避難先の高台に向かう途中にある、広田保育園の園児に遭遇。保育士だけではとても手が足りないことから、同校の3年生の生徒らは2~3歳の園児を抱っこしたり、両脇に抱えながら、急こう配の草むらを駆け上がり、結果39人の園児を高台に避難をさせた。同保育園には高さ約1.2m程の波が押し寄せ、床上浸水の半壊となった。

鵜浦 昌也
陸前高田市立広田中学校
校長 菅野次郎

「改めて広田中の生徒達を誇りに思う」
陸前高田市立広田中学校校長 吉家 秀明(当時)

 

今まで経験したことのない激しく長い揺れ。ただならぬ気配を感じながら、生徒・職員は避難訓練どおり地域の避難所の本校体育館に避難した。その後、地域の方々も続々と避難して来たが、頻繁に続く余震で体育館の天井から物が落ちるなどかなり危険な状況であった。もっと高いところへ避難を考えていた矢先、体育館から見える防波堤を津波が一気に超えるのが確認された。

この山を園児とともに登った

急いで校庭を挟んで、百メートルほど離れた高台にある県立高校跡地の校庭に、全員で必死に走って逃げた。道路のない急斜面を這いつくばってよじ登る際、本校職員は、生徒の誘導の他に高齢者の方々を背負ったり、手を引いて助けたりしながら必死で駆け上がった。

また、一緒に逃げた生徒たちの中には、隣接している保育所内で保育士の周りに恐怖で怯えていた園児たちを呼んで両手で抱えたり、手を引いたりしながら、一緒に避難を手伝った生徒も数名いた。かなり混乱した中での避難ではあったが、びっくりするほど、冷静に行動してくれた。

このような連携プレーがあったお蔭で、職員・保育園児・避難者が、すぐそばに押し寄せる津波から辛うじて、逃げ切ることができたのだと思う。その後高台まで避難し、後ろを振り返ると、本校校舎、校庭には大津波が押し寄せ、避難者や職員の車が、津波の渦の中でぶつかり合っているのが確認できた。まさに間一髪の避難であった。

その後も津波が何度も押し寄せ、防波堤を破壊するすさまじい音が何度も聞こえた。避難後も余震が続き暗くなってきたので、より高台にある広田小学校に消防団の方々に誘導して頂きながら避難し、体育館で避難者の方々と一緒に眠れぬ夜を過ごした。この津波により広田半島の先端にある広田町は、道路も通信機能も破壊され、内陸との連絡が一切取れない、まさに「陸の孤島」となってしまったのである。

学校再開は中学校校舎が使えないという判定がなされたため、近くの小学校の校舎をお借りしてのスタートとなった。小学校が地域の避難所になり、空き教室は避難した方々が利用するため、中学校として使える教室は、特別教室だけであった。

体育館は物資倉庫、グランドは仮設住宅建設と部活動の場所もまったくない状況。そんな中、全国、世界中の多くの皆さんから温かい励ましと多くの支援物資・義援金を頂き、どうにか学校を再開することができた。二学期以降は仮設住宅ができ、教室も使えるようになり、体育館も支援物資を整理頂き使えるようになってきており、環境は徐々に改善されてきた。

今回の生徒たちの行動については、震災後、保育園の先生方からお話を伺って初めてしったものであった。その後聞いてみると「自分たちとしては当たり前のことをしたまでです」と明るくはにかみ、笑顔で答えてくれた。「よくそ勇気ある行動をとってくれた」本校の生徒たちを改めて誇りに思う出来事であった。

 

  • 吉家秀明校長(震災当時)