受賞者紹介

第53回 社会貢献者表彰
たぐち ちえ

田口 智恵

(熊本県)
田口 智恵

2018年8月20日の昼頃、熊本港のフェリー乗り場の乗船券を販売するカウンターで勤務中だった田口さんが同僚の男性から「港内に人が浮いている」という一報を受けたのは、島原から到着する船が入港する10分前だった。スタッフは着岸の準備を行うためそれぞれの持ち場に散らばっており、動ける人が少なかった。
田口さんが現場に駆け付けると、まさに船が着岸する所に人が浮いていた。その人の生存を確認し、浮輪を投げ入れるが上手く掴んでもらえず、同僚らと手分けして船の入港を緊急停止させ沖に停泊させると、トライアスロン出場の経験が後押しとなり、満ち潮を確認した。携帯電話等をポケットから出し靴を脱ぐと、制服のまま階段を下りて飛び込んで女性の元に泳いでいった。女性に近づいた田口さんは、これから救助を行うが、決して自分に触らない様に告げ、仰向けにしてフェリーが着岸した際に車を乗り降りさせる可動橋までバックストロークで泳ぎ、自身は一旦階段まで戻ったが、階段が高く水上から届かなかったので、再度可動橋まで戻り引き上げてもらった。
現場は、施設の下が深くえぐれていて奥に流される可能性や、船のスクリューに巻き込まれたり、壁にびっしり張り付いている牡蠣等で、怪我をしていたかもしれない一刻を争う救出だった。

推薦者:公益財団法人 警察協会

2018年8月下旬、何の変哲もない日常の勤務中、突然慌てた声で無線連絡が入る。

よほど焦っていたのか、いまいち要領を得ない内容に一瞬茫然とする中、私のいる窓ロへ走り込んできて、現状を必死になって伝えようとする同僚。とにかく、海の中に人が浮いている? いや、落ちてる? これだけは、呑み込めたので、取り急ぎ意のまま、裏口から現場の岸壁へと走る。暫し状況を見守るも、仰向けで流されながら、一度は掴んだ浮きを、なぜか手離してしまった要救助者。もはや力が尽きようとしているのか、また自分の意志で離してしまったのかは、私たちのいる所からは、判断できるはずもない。ただ、潮の流れなどを考えると、どっちにしてもあまり猶予がないことだけは、周囲にいるみんなが理解していたので、私はやはり自分が行くしかないとそこで腹をくくり、気を引き締めた。

もちろん、この時ためらいがなかったと言えば嘘になる。大きく深呼吸をして、岸壁の際にあるはしごをつたい、海の中へ飛び込んだ。流れに沿うように泳ぎ、要救助者の元へたどりつき、すぐに生存を確認した。そこで、一瞬安堵して、力が抜けそうになったが、気合いを入れ直す。

自分には絶対に触れないように、そのまま上だけを見てとにかく何もせずに、と連呼し励ましながら襟元を引っ張り、フェリー可動橋まで泳ぐ。

どうにかたどり着き、同僚らの助けを借りながら、水上から陸上へと押し上げる。そして、私も同僚らに引き上げてもらい、無事に生還。

後に、救急車到着までの間に、聞かされた真実。

「なんでそのまま、死なせてくれなかったのか?」の相手からのまさかの耳を疑うような一言に、私はかなりの衝撃を受けたが、それと同時に何とも言えないムカつきと、怒りが込み上げてきて、我慢できずにキレた。

「生きたくても、生きられない人が世の中にはたくさんいる‼」

「貴方にどんな事情があるかなんて、私は知らないけど、私は貴方を助けに行き貴方は助かった!」

「何かの縁があり、助かった命なんだから、その命を大切にしてほしい!」

「どんな形であれ生きていれば、絶対に生きてて良かったって思うことがあるから!」

と、止めどなく言い放った。

なんとなく、モヤモヤした気持ちのまま、後は救急隊に任せて職務に戻ったが、後日、その相手のご主人様から、丁重に深々と「妻の命を助けて下さりありがとうございました」と御礼を述べられ、助けられたことを初めて喜ぶことが出来た気がして、ようやく気持ちが晴れたのを覚えています。

そしてこの度、自分自身このような突拍子もない出来事から、「社会貢献者」いう身に余るような、すばらしい表彰を受け、想像すらしないいろいろな経験が出来ましたこと、また様々な支援団体・活動の在り方などを目の当たりにして、今までの自分では知りえない数多くの事を学べる場に、出席出来ましたことにこれまで関わって頂きました皆様へ、感謝の気持ちでいっぱいです。率直に申し上げれば、非常に嬉しく、大変誇りに思います。本当にありがとうございました。

最後になりますが、どこかで聞いたようなセリフですが、私が今まで生きてきた中で一番記憶に残る出来事になったことには、間違いありません。

かっこよくまとめるならば、あってはならない事ですが、もしもう一度、同じような場面に遭遇してしまったとしても、理由はどうあれ私はやはり人として、また飛び込んでしまうと思います。

  • 救助現場
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  • 田口さんの勤務先
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