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受賞者紹介

平成24年度

東日本大震災における貢献者表彰

かとう しゅうし

加藤 秀視

(35歳:栃木県日光市)

栃木県日光市から3月末に大量の生活物資とともに南三陸町志津川地区に入り、配給では足りない被災者への支援を始めた。現地の日々変わるニーズを聞きながら月2回(毎回3日程度づつ)のペースで炊き出しや物資の支援をつづけた。時にはバスを貸し切ってストレスのたまった避難所生活者を温泉に招待して気分転換を図ることもあった。6月以降、仮設住宅が建ち始めると、センターを同町に建て、地元の人々の雇用やボランティアのマッチングをスムーズに進めるための拠点とし、8月にはプレハブを設置し仮設暮らしで勉強することが難しい子どものために無料の学習塾を提供する等、地元の人々と一丸となって復興に向け活動している。また、栃木県から震災による道路の切断で孤立してしまった南三陸町泊浜地区に支援物資を届け、3,600食もの炊き出しを同地区で初めて行った。その後も毎月2回のペースで炊き出しや物資支援を行ったほか、理美容師20名と共に被災者をマイクロバスで日帰りの温泉に招待したりなどもした。また8月からは「元気塾HAMANASU支援センター」を建て、学習塾などを無償で開き、子どもたちに開放している。

高橋 芳喜/
南三陸町歌津泊浜 契約会長 高橋 才二郎
加藤 秀視

3月11日14時46分。私は、千葉に向かう途中で、首都高速の笠井ジャンクション
近くの橋の上を走っていました。まるで映画のように道路が縦に揺れ、橋が軋みました。

いても立ってもいられず、仕事の予定を全てキャンセルし、地震のあった翌々日には、被災地に向かいました。

何度も家族や周囲の人に止められましたが、こんなにもたくさんの命が奪われ、また奪われようとしていることを考えると、もう動かずにはいられなかったのです。

被災地の現状はメディアで取り上げているものより圧倒的にひどく、それはもう戦争や原爆レベルの被害でした。

そんな状況の被災地を救うためには、私達の力だけではとても無理でした。

そこで、皆様から物資や義援金を募り、本気で被災地支援を行うことを決意しました。物資を何十トンもトラックに積み、何十万食もの炊き出しを行ない、被災地に、東北復興サポートセンター「Hamanasu」を設置しました。

自己資金で被災地の方々を雇用し、現場の声を吸い上げてボランティアマッチングを行い、「はまなす学習教室」を開校して子ども達の学習と憩いの場を提供しました。

丸1年間、様々な活動を続けていく中で、自分達の活動が、皆様の想いのこもった支援が、確実に被災地の皆様の命をつないでいることを実感しました。

今でこそ、生活は落ち着きを取り戻しましたが、この1年間は本当に過酷な年でした。

これからより一層、皆様の力が必要になってくると思います。
今回の震災の被害は甚大で、復興には膨大な時間がかかると思いますが、私は悲観的になる必要はないと思っています。

かつてない大きな災害にも負けじと、みんなで手を取り合って頑張っておられる被災地の方々。少しでも多くの命を救おうと物資や義援金の支援をして下さる心優しい皆様。
何か自分にできることはないか、と募金活動やメッセージ集めを行なう学生。こんな時だからこそ、今の日本を支えるんだと、より一層仕事や学業に打ち込む人々。
みんな、誰かを支える為に必死で頑張っている。
この想いがあれば必ず日本は復興すると、私は思っている。
以前よりももっと強く、優しい日本になると信じている。

今は震災から1年ということでメディアでも取り上げられているけど、被災地への関心もすぐに落ち着くと思う。

だけど、忘れないで欲しい。地震が起きた時、誰かのために何かをしようと想ったその気持ちを、今を大切に生きよう思ったその気持ちを。私はこれからも私にできることをしていきます。

私にできることは本当に小さなことだけど、皆様の大きな想いを被災地に届けられるなら、それで救われる命があるのなら、ずっと続けていきたいと思います。

本当に皆様には感謝しかありません。

最後になりましたが、この社会貢献表彰を授賞して下さった公益社団法人社会貢献支援財団様にも感謝の言葉を述べさせて頂きたいと思います。被災地への活動を取り上げて下さり、誠にありがとうございました。