受賞者紹介

平成24年度

東日本大震災における貢献者表彰

ふじの ゆたか

藤野 裕

(44歳:広島県尾道市)
藤野 裕

4月1日から5月7日まで、広島県尾道市から福島県相馬市、宮城県山元町などで瓦礫や泥の撤去作業等のボランティアに参加した。また一つのボランティアセンターが担当する地域が広域な事からセンター立ち上げのサポート等にも従事。6月中旬には尾道高西中学校2年生に、被災地の状況について報告した。

推薦者:社会福祉法人 尾道市社会福祉協議会
相馬市の様子

東日本大震災が発生したのは、私がスタッフとして勤務していた専門学校の学科再編成で受け持っていた学科がなくなり、営業部門への移動を告げられた直後で、社内での自分の存在理由が見いだせなくなっていた時だった。

テレビやネットで流れるめちゃめちゃになった家やビニールハウスなどの映像を見ているうちに、自分が現地に行って体を動かして片付けをすることで、自分自身の存在価値を再認識したかったのだと今になって思っている。

会社に休暇願いを提出したものの、経営陣に却下されたのをきっかけに退職することにした。

両親と息子の4人家族で生活していたが、急な退職と、被災地へどれだけの期間か決めずに行くことを、一番不安に感じていたのは中学2年生の息子だったと思う。「被災地へ片付けをしに行く」という大義名分はあるけれど、両親にも心配をさせ、不安になっている息子の面倒を押し付けてしまった。

結局1ヶ月余りの間、相馬市ではライフセーバーの方々が中心となって活動していたグループに混ぜてもらい、山元町では社会福祉協議会のボランティアセンターに、登録しての活動となった。

帰ってから就職活動を始めたけれど、年齢、社会情勢、能力、好みなどからスパッと決めることができず、何年か前からなんとなく考えていた父の生家で、焼き鳥屋を開くことを具体化させることにした。

全くの異業種への挑戦で悪戦苦闘していた時、ボランティアに行こうとしたとき相談をさせてもらった尾道市の社会福祉協議会からこの度の表彰への推薦を頂いた。

それまではボランティアに行ったこと、活動をしてきたことが、どこか「大義名分に包み込んだ自分探し」といった後ろめたさが強かったけれど、社会的に評価されたという事実で、少しだけ気持ちの整理ができてきたように思う。受賞が決まった時には嬉しかった。

今は自分の存在理由とか存在価値とか考えることなく、うまい焼き鳥で楽しい時を過ごしてもらうためのお店にする目標に真っ向から挑戦している。

自己完結で自分のことは自分でできる装備や物資を一通り車に積み込んで、ボランティアに向かったが、被災した現地の人たちから支えてもらったから1ヶ月過ごすことができた。

この受賞で貰った副賞の一部で、その恩返しができたらいいなと思う。