受賞者紹介

平成21年度 社会貢献者表彰

社会貢献の功績

ラインハート ハウラー

Reinhardt・Howeler

(67 歳/アメリカ)
かわの かずお

河野 和男

(68 歳/大阪府茨木市)
ラインハート ハウラー
ラインハート ハウラー
河野 和男
河野 和男
1972 年(昭和 47 年)に南米コロンビアに本部、その後タイにアジア支所を設立し、全世界を対象に熱帯牧草、キャッサバ、インゲン豆を、ラテンアメリカカリブ地域を対象に稲の研究を進めている国際農業研究機関の国際熱帯農業研究センター(CIAT)が派遣した博士で、89 年から派遣されたハウラー氏は土壌改良、83 年から派遣された河野氏は品種改良の専門家である。CIAT はキャッサバというイモの木といわれるでんぷん作物が貧困農家の現金収入につながり生活レベルの向上につながるという可能性に着目。両氏はタイ、ベトナム、中国、インドネシアの 4 ヵ国を対象にキャッサバの普及活動を長年にわたり行ない、現地の農民とともに体を動かし、考え、悩みながら栽培し、収穫をあげるなど支援活動を続けられている。
推薦者/萩原 康太郎

受賞の言葉

ラインハート ハウラー

本日この賞を受賞することができたことは非常に光栄です。また、私はこの賞を、世界中のおなかをすかせた人に食べ物を与えたり、恵まれない人の生活を改善するための活動に、これまで共に携わってきてくれた人々や組織のみなさんに捧げます。 また、本日のこの受賞を現実のものにしてくれた日本財団にも感謝の言葉をささげたいと思います。どうもありがとうございました。

河野 和男

37 年前コロンビアの国際研究所で始まったキャッサバの研究開発が、改良品種を通じて数百万戸単位の熱帯の小農の生活向上に還元され、土壌管理を通じて環境保全の道筋をつけるという結果をもたらしたのは幸いである。この活動の前期はカナダ政府、中期は日本政府、後期は日本財団の支援を頂いた。その先見の明と度量の広さに敬意を表したい。

Contribution of Kazuo Kawano and Reinhardt Howeler to Cassava Farmers in Asia

河野氏 IKK at Rayong selection field 2007

キャッサバは米、トウモロコシに次ぎ、東南アジアで 3 番目に重要な作物である。しかしながら、日本や欧米諸国のような気候の地において育つことができない熱帯作物であるがために、これまでキャッサバはあまり研究の対象として注目されてこなかった。さらに、キャッサバは主に孤立した傾斜地に住む貧しい農民たちによって栽培されていたり、肥沃とはいえない土地や予測不能な大雨が降るような土地で栽培されていたこともその原因のひとつであった。しかしキャッサバは、類稀なほど、そのような酸性の土地でも根を張り、日照りにも強かったので、他の作物が育たないような土地においてほど、最適な食用作物であった。

しかしこの30~40年の間、キャッサバは食用から、主に飼料、スターチ、ソルビット、MSG、そして近年ではバイオ燃料としての工業作物へとその役割を変えていった。この変化は新しいマーケットを作り出し、貧しい農民たちはやがてキャッサバの根を売り、収入を得ることで生活の改善を図れるようになった。

南米のコロンビアにあるCIATは、世界に15か所ある国際的な農業研究センターの1つである。1970年代初頭にCIATはキャッサバの研究プログラムをはじめ、特に南米やアジアにおけるキャッサバ研究の第1人者となった。73年、河野博士はキャッサバの育種家、私は植物栄養学の専門家としてこのプログラムに参加しました。我々二人はコロンビアにおいて、作物の基礎研究から応用研究までを長年行ってきたが、その傍らで財団のアジアでの活動にも協力していた。

農民から現状報告を受ける博士(ベトナム)

83年に河野博士はタイのバンコクへ移り、CIATのアジア地域キャッサバ事務所を開設した。それから15年間というもの、博士は東南アジアの様々な国をキャッサバ育種家として回り、キャッサバ加工業者に好まれる澱粉率が高く、高い収穫を得られる種の発展に努めた。このほとんどの新種は、アジア独自の種と、博士がコロンビアのCIATから持ち込んだ50万近い南米種を掛け合わせて作りだされたものであった。この15年間のバンコク事務所での活動において、河野博士は25種の新たな高収穫種の発展に貢献し、それらは現在少なくとも南アジアの7カ国において栽培されている。

私は、キャッサバの農業経済学者として、このバンコク事務所に1986年に赴任した。86年から93年の間、私は農業経済学の実践と土壌管理について、多くのナショナルプログラムのキャッサバ農業経済学者たちとともに研究を進めた。この最初の仕事は日本政府からの支援を受けて行われた。

94年から09年までは、試験場における研究からキャッサバ農民と直接的に関わる「農民参加型研究(FPR)法」へと転換していった。この手法によるプロジェクトは日本財団からの支援を受け、私がコーディネーター役を務めた。はじめの10年はタイ、ベトナム、中国とインドネシアで活動をし、04年から09年はラオスとカンボジアにおいて活動した。私はまた、類似した ACIAR支援によるプロジェクトのコーディネーターとして、04 年から 07 年にかけてインドネシアと東ティモールでも活動した。

ラオスにて新種のキャッサバの成長具合を確認する博士

このような努力の結果、キャッサバのアジアにおける収穫高は安定的に増加し、84 年には 1 ヘクタール当たり 12.7トンだった収穫量は 07 年には 19.1 トンにまで増加した。キャッサバのアジアにおける収穫量はこの 10 年の間、年間 3.5% の割合で増えており、アメリカ大陸の 1.0%、アフリカの 0.3% に比べるとその成長ぶりがわかる。この劇的な収穫量の増加は新しい高収穫種の急激な広がりによるものである。これらの種は現在アジアのキャッサバ栽培地の50%、もしくは 200 万ヘクタール近い土地で栽培されている。

また、改善された農業経済学の実践、特にバランスのとれた肥料の使用や、より効果的な侵食被害抑制法の実践も同時に、収穫量増の理由として挙げられる。これらがうまく実践に結びつけられたのは、何千もの農民たちが直接的もしくは間接的に実験過程に参加し、より適した新種の選択に深くかかわったことによる。結果として、以上の取り組みは、700 万人のアジアのキャッサバ農民たちの多くに利益をもたらすことになった。07 年の収穫量は 84 年にこのプロジェクトがアジアで始まった頃の収穫量と比べると、貧しいキャッサバ農民たちに 10 億 US ドル近い収入をもたらしており、彼らやその家族がよりよい生活を送ることに役立っている。

(Reinhardt Howeler)

キャッサバ研究によるアジア小農の生活向上と環境保全への貢献

37 年前、博士号取立ての若者が、コロンビアに設立された CIAT に集まり、キャッサバという熱帯の大作物ではあるが研究面では殆んど未知の作物の世界レベルの研究開発に取り組む事となった。キャッサバは小農、貧農が栽培し、食料としての消費者は主として低所得層であったが、加工食品および家畜飼料の原材料として小農の現金収入向上の手段として大きな可能性を秘めていた作物である。

折から、富農、大農対象の農業技術開発から、小農、貧農対象の農業技術開発への重点移行の必要性が認識され始めていた。“農学研究、農業技術は、それを最も必要としている人々に行き渡らなければ研究でも技術でもない”というのが、CIAT キャッサバ研究プログラム設立時に共有されていた認識であった。

このプログラムの育種部門を受け持ったのが私であり、土壌管理部門を受け持ったのが Reinhardt Howeler であった。私は育種で可能な事の全てを含む目標を立てたが、その中で最も重要なのは、多収性品種の育成と社会的弱者への経済的効果の分配であった。Howelerはキャッサバの土壌荒廃作物としての悪名を晴らすべく、新しい土壌管理技術開発と普及に35年以上従事した。

FPRの現場で農民とキャッサバの収穫状況を確認する博士

CIATはその後タイにアジア支所を設立、1983年に私を派遣し、89年にHowelerを派遣する。この野心的な育種目標はほぼ達成され、大問題である土壌保全技術の開発はHowelerによって道筋がつけられた。これらの新品種と新農法を農民へ伝えるため、Howeler主導のもと農家参加型研究開発法が取り入れられた。これは学者と農民が協同で畑にキャッサバを植え、収穫し、問題を見つけ改善するもので、実験農園は研究所の敷地内ではなく、農民の畑や農家の裏庭などを利用、誰でも実践することが可能であることを実践する。

二人は主としてタイ、ベトナム、中国、インドネシア、フィリピンを対象に現地機関と共に開発普及活動を行い、その結果改良品種の栽培面積は百七十万ヘクタールを越えるに至り、新品種利用による付加経済効果は10億ドルを単位として測られるレベルに達し、その大きな部分が百万戸単位の小農に行き渡っている。

この全体像は、理想に燃える若者達が最初に掲げた殆んどドン キホーテ的な理念と目標を多くの人々の理解と協力のもと達成したと表現できるし、それは虚飾ではない。また、Accountabilityを最もわかりやすい形で世に示したケースであるとも言える。しかし、それは中心人物が聖人君子のごとき人物であったからではなく、農学者として最も面白くて充実感のある活動を続けただけの事である。

この活動の前期はカナダ政府、中期は日本政府、後期は日本財団の支援を頂いた。ここに礼を述べたい。

(河野 和男)

Dr. Reinhardt Howeler

(67 years old, USA)

Dr. Kazuo Kawano

(68 years old, Osaka, Japan)
Dr. Howeler is a soil improvement expert, and Dr. Kawano a breed improvement specialist at the International Tropical Agriculture Research Center. They were initially dispatched to Thailand, Vietnam, China and Indonesia 25 years ago to implement on an experimental basis the Center’s concept of helping poor farming families raise their livelihood level and cash earnings by the cultivation of manioc (cassava), a starchy root and staple food in tropical countries around the world. Ever since then they have continued to support and work with local farmers, teaching them to grow and harvest manioc.
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